A whimsical cat



「まさか…ね」

ため息をついて、何とはなしに傍らのスタンドに目をやった。
と、いうのも隣を見るのをなんとなく躊躇われたからで。
隣、というのはつまりスタンドとは逆方向…というわけで、そこに何があるかと問われれば、自らの上官である。
その上官がどんな恰好をしているかは予測するまでもないことで、それが一種の感情――おそらく罪悪感のようなもの――を発生させて、直視できない。
後悔しているつもりはないが、しかし、直視できないと言う時点で後悔してると言うのと同意義なのだろうか、とも思う。どの道後戻りできないところまで来てしまっていることは確かなのだから、どちらであろうと関係ないのかもしれない。
今感じているなんともいえない独特の気だるさが、そのことを如実に物語っていた。

「意外だった…とでも言いたげだな」

寝ているとばかり思っていた人物に声を掛けられて、内心焦る。
その焦りを笑顔で隠して振り向けば、冴え冴えとした瞳とかちあった。
やわらかいライトスタンドの光に当たってさえも冷たい印象を与えるその相貌が、どんなに手を伸ばしても届かない蒼い月を思い起こさせる。

「そりゃぁね。意外でしたよ?」

その言葉に…どうやら上官は笑ったらしかった。
枕を抱きかかえるようにうつ伏せになる恰好では、その表情までは良くわからない。
だが、腕に隠れきれなかったほんの少しの口端が上に移動したように見えた。

「別に珍しいことでもなかろうに」
「まぁ…そうなんだけどねぇ…」

確かに、珍しいことではない。
誰かと肌を重ねるということは。
…無論それは『愛』を確かめ合う行為といった意味合いではない。
いわゆる政治的手段としての、売春的な行為を指している。
身体で地位を買う。
上下関係、支配関係が安定し発展を進めていくほど顕著に見られる光景であり、金と並んで見目の麗しさは腐乱した政治内部では何よりも強い武器となる。
そして現在、バルズブルグ帝国は繁栄の絶頂を極めていた。
とすれば内部がどうなっているかなどは…推して知るべし。
そして目の前に寝転がっている人物は一代でここまでのし上がってきた。
今でこそ皆頭を下げているものの、ここに来るまでにあった苦労というのは並々ならぬものであったことは容易に想像がつく。
そして、その裏で何があったかも。
元々身分は高くない。奴隷身分は別としても、下から数えた方が早いほどだ。
上層部に近い地位にいて、蔑んだ目が多い理由はそこにある。
もちろんそれは僻みや妬みといったものの裏返しでもあるのだが。
もちろん実力が伴わなければここにいることなど出来ないわけで、それに関して疑うことは何一つない。
けれどそれだけで上にいけないということも確か。
知りたくもない事情だが、知らないわけにも行かないのが現実だった。

ならば何が意外だったのか。

その答えは簡単だ。
実際肌を合わせてみてわかったことは、この行為自体があまり好きではないのだろうということ。
好きではないというと語弊があるかもしれないが、あまり意味を見出していないように見えた。
身体は反応するし、それなりに快楽を得ていることも伝わってきたが、どこかしら乾いているような、そんな感じで。
まあ嫌悪感を抱いていたとしても不自然ではないので、それも仕方のないことなのかもしれない。
上官にとって性行為とは地位を得るための代償としての行為でしかないのであろうから。
なのに、だ。
なのに何故部下と同衾することを良しとしたのか。
補佐を勤めてきた過程で、上官が意味のない行動ほど嫌っているものがないことなどわかりきっている。
その人物が全く見返りのない行為に応じたのだ。
それも好きでもない行為を、だ。
どうして疑問に思わずにいられようか。
そして、それが先ほどの感情の原点だった。
楽しんでいるのなら問題はない。
けれど、余りにもそこにある感情が冷えているように思えて――そして、そんな様子が自分を責めているように感じられて。
それは、もしかすると自分自身への嫌悪感なのかもしれない。
腐ったオヤジ共と同じ行為をしてしまった、という嫌悪感。
沸いた疑問の答えが欲しいのは、自分を肯定して欲しいからなのだろう。
嫌がる行為を強いたわけではない、という許し――若しくは保障。
それともそもそも身体に触れることが出来た時点で許されたと考えるべきか。
少なくとも自分に遠慮する、という選択肢は除外できる。
訊くか訊くまいか。
しばし逡巡したが、結局口を開かずにその瞳を見つめるだけに留めた。
きっと、訊いたところで答えが返ってくることもないだろう。
心の声が聞こえたわけでもないだろうが、クス、と小さな笑い声が耳に届く。

「…たまにはこういうのも悪くないだろう」
「ふぅん…じゃあ、よかった?」

いたずらっぽく問えば、さぁな、と流して背を向けてしまった。
肝心なことはわからずじまいだったが、悪くない、と言われたのだからそれでいいのかもしれない。
少なくとも、その言葉に否定的な響きは感じられなかった。
笑いの中にも自嘲や蔑みといった負の部分は見つからない。
そこで、今更ながらに緊張していたことに気づく。
考えてみれば、今まで嫌がることを上官が自分に許したことがあっただろうか。
ならばこれも許された行為であるのだろう。
多分…きっとそれ以上のことは気にする必要などないのだ。
そこまで全て管理できるからこそ、上官は上官たりえるのだ。
今更のことだ。
あくまで自分はサポートに徹すればいい。

「オヤスミナサイ、アヤたん」

スタンドの明かりを消してベッドにもぐりこむ。
寝息は聞こえてこないから、きっとまだ起きているのだろう。
だが返事は返ってこなかった。
そんなところもらしいな、とぼんやりと考えつつ、隣に目をやった。
暗がりに慣れてない目はただただ闇を映すばかりだったが、傍らの温もりがその存在を主張していた。
明日もきっと上官は何事もなかったかのように過ごすに違いない。
起きたとき、隣にいるかどうかも微妙なところだ。
それでいい、と思った。

全テハ気マグレナ夜ノ出来事――





2007.04.28.






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