お返し。
「おいしい!」
「そうかな?」
「うん、本当においしい。さすがだな。」
ちゃぶ台の、正面には父の顔・・・ではなく、総士の顔。
その顔が、とても幸せそうに綻んでいて。
最近見た中では、一番幸せそうな顔。
いびつなお茶碗を片手に、箸で次々とおかずを口へ運んでいく。
なぜ、こんなことになっているかというと。
「総士君、やっぱりお家へ帰っていないんですか・・・」
「ああ、そうらしい。よく聞けば食事もまともにとっていないみたいでな。」
「それは、よくありませんね。」
「本人は大丈夫だといっているが・・・育ち盛りの子供だろう。少し心配になってな。」
「そうですね・・・、今の状況なら尚更でしょう。皆城指令が亡くなってショックを受けているのはわかりますが・・・」
「どうにかして、せめて食事だけでも取らせなければと思うんだが。本人に言ってもあまり効果が期待できんし。」
「少し、仕事から遠ざけてみては?」
「そうだな・・・」
「少し検査したいことがあるの」と言われ、医務室の部屋に入ろうとして。
聞こえてきたのがこの会話。
どうやら総士のことを話しているらしい。
やっぱり、家に帰ってなかったのか・・・。
なんとなくそんな感じはしていたのだけれど。
なんてことをつらつらと思っていると、ドアから父の顔。
「一騎・・・」
「あ、ああ」
とっさのこと。
少しの驚きと、盗み聞きしていた気まずさで、まっすぐ顔を見れずに横を向く。
「あら、一騎君来てたの?どうぞ入っていらっしゃい。」
「は、はい。」
「一騎をよろしくお願いします。では・・・」
「ええ、また・・・」
医務室に入って、椅子に座る。
正面には穏やかな笑顔の遠見先生。
「今の話、聞いた?」
「あの・・・すいません・・・」
「いいのよ、だったら話は早いわ。」
「え?」
「あのね、総士君を君の家に泊めてあげられるかしら?大丈夫よ、小父様は今日帰らないそうだから。」
断ることも出来た。
けれど・・・やっぱり彼のことは心配で。
彼に拒否されたらどうしようかと思ったが、思い切って誘ってみれば。
「あ、ああ・・・。じゃあ荷物持っていくよ。」
彼は少し驚いた顔をしながらも、すぐにOKしたのだった。
そして、今に至る。
「ご馳走様でした!」
「お粗末さまでした。」
「そんなことないのに。あ、洗い物手伝うよ。」
「いいから・・・先に、風呂でも入っててよ。」
「そんな、だって、世話になりっぱなしだし。」
「台所汚いから、恥ずかしいんだよ・・・。な、風呂入ってて。場所はわかるだろ?」
「ああ、じゃあ、悪いけど、先に入らせてもらうよ。」
かって知ったるなんとやら。
お互い小さいころから何度もお泊りした仲だ、家の配置は全部頭に入っている。
食器だけは、と彼は言い、台所に食器を運んでから風呂場に向かった。
全然汚くなんかないじゃないか、と皮肉を残して。
洗い物を終えて、テレビを見ていると彼が風呂から上がってきた。
Tシャツにジャージ。
髪をタオルで拭いている。
「次、いいよ。ごめん、先入って。」
「いや、全然かまわないから。じゃあ、俺、入ってくる。」
すれ違うときに、ふわ、とシャンプーの香り。
今まで意識したことのない香りに、少し、とまどった。
風呂から上がれば、うつらうつらし始めている、彼。
瞼が、重そうに下りては開き、下りては開きしている。
思わず苦笑しながら、彼に尋ねた。
「もう、寝る?」
「・・・そうする・・・」
二階に上がって、布団を敷く。
二枚を横に並べて敷いて、ごろりと転がった。
「昔。」
「ん?」
「昔、よくこうやって泊まりに来たな。」
「・・・そうだな」
「ふふ、なんか懐かしい。」
くすくすと笑う。
「あの時はすべてが輝いてた。楽園、だった。」
電気に手をかざして、彼は言う。
「こうやって、手を伸ばせば、すべて掴めると思ってたんだ。」
「・・・」
「思ってたのに・・・」
「・・・」
「・・・一騎。」
「・・・何?」
「・・・ねぇ、・・・っ」
思わず、身体を起こして彼を見る。
二つの瞳から、大きな、涙。
今にも壊れてしまいそうで、思わず強く抱きしめた。
強く、甘い髪の香り。
「・・・っ、一騎、かず・・・っ・・・あ、あぁ・・・っ」
「総士。」
「・・・ぁあ、ひっ・・・あ、かずきぃ・・・かずき・・・」
涙にぬれた瞳。
自分を呼ぶ声。
甘い香り。
「かず・・・っん」
気付けば、彼にキスをしていた。
驚いて涙を止めた彼の口腔に、さらに深くキスをする。
泣いたせいで、粘つく唾液が、口の端から溢れて糸を引く。
「・・・はぁっ」
「ごめん。」
彼は顔を真っ赤にして、こちらを見る。
そんな彼になんと言っていいのかわからず、見つめ返す。
しばらくそんな感じで、見詰め合って。
濡れた瞳が、いたずらっぽく輝いた。
「!?」
逆に、キスされた。
さっきとは違った、軽い口付け。
「・・・総士?」
「お返しだ。・・・さ、寝るか。」
「ちょ、え、総士?」
「おやすみ。」
するりと腕から抜けると、そのままこてん、と寝てしまった。
「え、え、総士?」
「・・・」
その晩、俺が彼を意識して寝れなかったのは言うまでもない。
2004.08.07
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