この、残された時間を。
           神様、許して。





Mooncalf




「遠見先生・・・ジークフリードシステムをファフナーに乗せて・・・その場合、搭乗者は一体何時間正気を保っていられますか?」
 その、真剣な表情と眼差し。そして、その言葉の中に他意はないのだろうが・・・その中に他意を見つけようと千鶴は努力する。努力せずにはいられなかった。しかし・・・それは失敗に終わる。目の前の少年は、本気だ。それは、自分の立場が立場だからこそ、尚更、よくわかってしまう。笑って済ませることはできない。
「・・・そうね・・・はっきりとしたことは言えないけれど・・・十八時間が限度・・・といったところかしら。」
 だからこそ、本当のことを語る。けれど、この言葉は彼を死地に向かわせる言葉となるだろう。それはもう予想ではなく、確信。たった十八時間。されど十八時間。考えようによってはとても長い時間だ。少なくとも、『戦闘』というものに関して言うのならば、それは十分すぎるほど長い時間だと言えた。
「でも・・・皆城君、これは、あくまで予測に過ぎないわ。もしかしたらそれよりも短いかもしれない。とても・・・戦闘に向いているとは言えないわ。ジークフリードシステムだけでも貴方の体には負担がかかっているのよ。これ以上無理は医師としても、一人の人間としても薦められない。とてもじゃないけれど、それを容認することはできないわ。」
自分の娘と同じ年齢のこの少年は一体どれくらいの重みをその背に負えば気が済むのか。いつも大人びた顔をして、大人びた言葉を紡ぐゆえについ忘れがちになってしまうが、まだまだ子供なのだ。たった十五・・・いや、まだ誕生日を迎えていなかったか。そんな小さな少年にこんな言葉を吐かせている。それを思うと胸が痛む。それは自分の娘にも言えることだけれど。千鶴の娘も戦場に立っていた。
けれど。
つい、自分の娘にばかり目が行ってしまうのは、親としてどうしようもないことだとは言え・・・彼を誰も見ていなかったのは問題だったと今更ながらに思う。
彼は両親を亡くし、たった一人の家族、その妹すらも大きな制約に縛られている。殆ど孤立無援の中に立たされていた彼の孤独はいかほどのものなのか。それを考えるのはとても難しいことだった。だが、どれだけ自分が『家族』に支えられていたかを思えば、彼がどれほど辛い状況にあったかはわかる。完全にわかるわけでは決して無いけれど。
もう、これ以上無理をさせたくはなった。
「皆城君・・・」
しかし、一体彼にどんな言葉をかければいいのか。どうすれば、この黒曜の瞳を納得させられるのか。
「有難うございます、遠見先生。十八時間の時間があるんですね。その時間がわかっていれば、僕は自由に動けますから。」
礼を言う彼の声はこれ以上にないくらい冷静そのものだった。だからこそ、尚更千鶴は焦燥感を募らせる。わかっている、この瞳は、昔、見た事がある。
この瞳は、もう、決めてしまっている。
「お願い・・・私にこんなこと言う資格はないのでしょうけど・・・本当に無理はやめて。」
「無理じゃないです。僕がこうすることは僕自身で決めましたし・・・これは僕の望みでもありますから。」
「え・・・」
 その表情が一瞬笑顔に見えたのは気のせいだったのだろうか。
「遠見先生、有難うございました。」
椅子から立ち上がり、ぺこり、と頭を下げると彼はいつもの通りの無表情とさえいえる表情で医務室を出て行った。
空になった椅子をみて、千鶴は先ほどの言葉を反芻する。『これは、僕の望みでもありますから・・・』
深々とした溜息が千鶴の口から漏れた。



 ファフナーの格納庫に立ち寄り、総士は改めてその機体を見上げる。この機体を実際に見に来たのは余りそう多い回数ではない。そして、一番最近は一騎と一緒に見た。あの時は何のわけもわからなく混乱している一騎を無理矢理ファフナーに乗せた。
 ・・・本当は、乗って欲しくなんて無かったのに。
あの時も、そしてこれからも決して口にしないだろう言葉を胸の中で呟いて、溜息をひとつ吐く。
 彼を戦闘に送り出すたびに、胸のうちを焦燥が走る。それは日に日に大きくなり、まるで自分の冷静さを飲み込んでいくようだ。
 わかっている。
わかっている。本当は、自分が彼を死地に追いやっている。彼と繋がる痛み。それは、身体的な痛みよりも精神的な痛みが勝っていることも。それほどまでに思っていながら、けれど、彼を止めることはできなかった。
 彼を死地に追いやること、それが自分の義務。
 我ながら馬鹿なことを、と思う。
そんな言い訳。
自分自身が一番よくわかっていることだ、彼と繋がりを持つことが恋しくてやめられないということなど。
 
「総士君じゃない・・・、どうしたの、こんなところで。」
「羽佐間先生・・・」
 声をかけてきたのは、翔子の母親。
 しょうこ。
光とともにこの島を守って死んだ、小さな愛らしい巨人。
「・・・いえ・・・少し、ファフナーを見たかったものですから・・・。失礼します。」
「・・・え、あ、総士君?」
「・・・・・・」
 その声には聞こえなかった振りをして、格納庫を後にする。ドアが閉まることにより、安心する自分がいた。
 彼女の母親を見ると、胸が痛む。その胸の痛みは、一体何の痛みなのだろうか。彼女の死への悲しみだろうか。彼女の死ぬときの体の痛みだろうか。
・・・それとも、彼女を殺した痛みだろうか。
「・・・っ」
涙は、出ない。流す権利も、流せる心も持ち合わせてはいないように思えた。

 自分は、まるで死神だ。
 彼らを光へと導くように、死を与える。

『フェンリルを使うわ・・・』
彼女の、高く甘い声が頭に響く。自分だけが聞いていた声。自分だけが聞くことのできる、死の寸前の生の叫び。
 もし、この叫びが一騎の声で響いたとしたら。そう思うだけで、体に震えが走る。それだけは、なんとしてでも防がなければならない。
 ・・・もし。
もしも、あの巨人に乗れば、自分はもうこんな思いをせずにすむのだろうか。それとも・・・まだまだこれから先もこんな思いを抱いて行くのだろうか。
「十八時間・・・か。」
 タイムリミットを迎えればそこでお仕舞い。ファフナーのパイロット全てが抱えている時限爆弾。長いか、短いか。けれど、確実にそれがやってくるのなら、やはり、傍にいたい。
「僕は、ずるいな。」
 呟く。
「本当に・・・ずるい。」
 ただそっと、そう呟いた。
 自分の口の端が、つり上がり、酷く自嘲気味な笑みを模る。
 ぐっと手のひらを握り締めるとそこから赤いもの。その液体をぺろりと舐めて、総士は軽く眉を顰めた。

       *

 理由もなく、その足は『そこ』へと向かう。
 もう、慣れた道のり。何度も歩き・・・歩いては歩く。だが、『そこ』の中に入ることは滅多にない。ただそこに行き、閉まったドアに手を置いて、頭を持たせかけて。でも、それだけ。そのドアを開くことはない。
 今回も、そうするはずだった。
「一騎?」
 だから、掛けられた声に、びくりと体が震えるのを止められなかった。
「そう、し・・・」
 そこには、幼馴染の姿。亜麻色の髪が蛍光灯の明かりを反射して、さらに色素を薄くしている。
「どうしたんだ・・・?何か用か?」
「え、あ、いや・・・」
 予想できたはずの予想外の出来事に、自分でも驚くほどに混乱している。彼がここに来ることなど、全く念頭においていなかった。
 ・・・ここは、彼の部屋なのに。
 明らかに不自然な自分の態度に、しかし、総士が聞いてくることはなかった。微苦笑しながらもう一度、一騎、と声をかける。
「・・・部屋に入りたいんだが。」
「え、あ、ゴメンっ」
 ドアの前で入り口をふさぐようにして立っていることに気付き、慌ててそこを退く。総士はそんな様子を見て、さらに笑みを深くしながらドアを開ける。一歩部屋の中に入った後、不思議そうに後ろを振り返る。
「中に、入らないのか?」
「・・・いいのか?」
「菓子も何も出ないけどな。」
 その、軽い冗談のような口振り。それに惹かれるようにして、部屋の中に入った。
 
 いつもながらに殺風景な部屋だと思う。
 勧められるままにソファに腰掛け、ぐるりと周りを見渡しても、目に飛び込んでくるのは壁紙の白色のみ。
 それは総士らしいといえば総士らしいが・・・最近は、この私物の少なさが、なんとなく嫌なものを感じさせる。
「総士・・・いつも思うことだけど・・・」
「何だ?」
 両手に缶ジュースを持つ彼を見ると、けれど、何も言えなくなってしまう。
「いや・・・なんでもない・・・」
「そういわれるととても気になるんだが。無理に言えとは言わないが・・・できる限り、話して欲しい。」
「ああ・・・わかってる」
 話をしよう、といったのは自分だ。言葉にしなければ、相手に何も伝わらないと・・・そう、痛感したから。
 けれど・・・言葉にしてはいけないと、そう感じてしまうときもある。禁句とでもいうべき言ってはいけないという予感。
 そういえば、昔『言霊』というのを聞いたことがあったか。
 言葉が持つ魔力。口にすることによって、それは真実となる。
 ・・・だとしたら、言える訳がない。
 私物が少ないのは、生に執着していないからか、ということなど。
私物というものは、本人の過去や習慣などを嫌にでも感じさせるものだ。総士にはそれがない。
もちろん、もちろん彼がどのような幼少期を送ってきたかということは、今ならほぼ掌握している。
ここにいなかった、彼。
 けれど、今、彼はここにいるんだと・・・いるんだと少なくとも一騎は感じている。そして、それは島のコアである彼女が言うのだから間違いはない。それでも・・・そう思ってしまうことをやめることはできなかった。

「一騎?」
 どうやら思考の海に深く沈んでいたらしい。呼びかけるように名前を呼んだ総士に一騎はああ、と顔を上げる。その頬に冷たいものが押し当てられた。
「な、なにっ?」
 予想外の出来事に混乱する。慌てて頬に手をやると硬い感触。どうやら先ほど総士が手にしていた缶ジュースらしい。
 一騎の様子を見、くすくすと笑い声を零す総士を一睨みし缶のプルタブを思い切り引く。軽い音を立てて飲み口が開いた。自棄のように缶を煽ると、その隣に総士が座ってきたのを感じた。
 未だに総士は軽い笑みを浮かべながら缶に口付ける。
「そういえば・・・総士は最近よく笑うな。」
「・・・そうか?」
一騎はふと思ったことを口にする。この台詞からして総士自身は自覚がないのだろうが・・・帰ってきてからの総士は、以前よりも格段に笑顔を多く見せるようになった。もしかしたらそれは、自分だけが笑顔を見ていなかったからかもしれないが。まともに顔を見ることが怖かったから。
「・・・そうかもしれないな」
 だから、そう肯定されても驚く自分がいる。総士はふっと、今度は自嘲気味に笑い、言葉を続ける。
「僕は・・・僕は、今がきっと・・・」
「きっと?」
「いや、なんだろうな。言いたいことが上手く表現できない。」
大したことじゃない、と総士はミニテーブルに缶を置く。
どうもその様子が引っかかって、一騎も缶をミニテーブルに置き、総士の方に体を向ける。
「総士・・・」
「一、騎・・・っ」
「え、あ、ちょっと・・・っ?」
余りの出来事に対応できず、そのまま後ろに倒れこむ。ずしりとかかる、総士の重みと温もり。長い髪が冷たく頬をくすぐった。
「・・・総士?」
一体何が起こったのだろう、と疑問符で頭をいっぱいにしながら総士の名を呼ぶ。しかし、その返答はない。代わりにぎゅっと抱きしめられる腕に力が入ったのを感じた。
その、小さな子供のような仕草に、笑みを零して、一騎は総士の背に手を回し、抱きしめた。理由なんて、どうでもいいことだ。それよりも、今はこうして彼を抱きしめることの方が何倍も大切なことだと思ったから。そっと髪を撫でるとつるつるとした感触とともに気持ちの良い冷たさで指先を冷やす。
「総士。」
顔を見せて、と軽く名前を呼ぶ。しかし、総士はいやいやというように小さく頭を振って首筋に頭を埋めてくる。その頭をぽんぽんと優しく叩く。
「総士・・・」
再度の呼びかけに、今度は総士は反応した。そっと顔をかげて、こちらを見る。その瞳は、なんともいえない色を湛えていた。グレイ。曇り空のような、そんな色。雨が・・・降り出しそうな。そんな空の向こうに自分の顔。少し不安そうで、困っているようで、でも笑っている、そんな自分が見えた。
「・・・――」
 何かを言おうとして、けれど、何を言えばいいかわからなくて。口をうっすらと開きかけたところで、その口を柔らかいもので塞がれる。間近に、曇り空。
 そんな空に釘付けになりながら、今度は違う目的のために唇を開く。それにあわせるように、柔らかいものもそっと、そこを開いた。それと同時にザラリとした暖かいものが、舌に絡んでくる。それをゆっくりと受け止めて、今度は逆にこちらから絡めていく。慌てて逃げるようにするのを逃がさない、としっかりと引き止めると、「ん・・・」という鼻に掛かったような声がすぐそこで漏れた。
 視線をしっかりと合わせたまま、深い口付けを交わす姿は、周りにどう見えるのだろう、と一騎は頭の片隅でちらりと思う。いつも過ぎる思考のひとつ。瞳を閉じてキスをすることは滅多に無い。こうして、目を見開いて。舌よりも激しく視線を絡ませての口付け。
 でも、本当はそんなこともどうでもいいことなのかもしれなかった。人目のつくところでするわけでもなし、二人の間でそういうルールがあっても、それは他人には関係ないことだ。
 そんなことを考えながら・・・しかし、次第にそれも薄れてゆき、目の前の行為に没頭する。人は若さゆえと笑うだろうか。それも、けれど、関係ないことだ。熱を帯びてゆく、その痺れるような感覚に支配されるのを感じながら、一騎は手を伸ばした。

            *

「あ・・・っ、あ、かずぅ・・・っ」
自分の口から信じがたい声が零れるのを、総士はまるで他人事のように認識していた。
もちろん、体の中心から指の先・・・いや、髪の先の先まで痺れているような感覚が、体を支配しているのを感じている。
いつもと違う・・・本来の姿の自分。
そんな自分をさらけ出しているからだろうか。もしかしたら偽りの自分が、本来の自分を遠くで見ていて、そんな感覚が頭にあるのかもしれない。視界の片隅に、脱がされた衣服の山が見えた。
「ん!あぅ・・・っ、あっ」
 しかし、そんなことすら霧散してしまう。それほどに強い快感の波が背中から、神経という神経を走ったからだ。思い切り、やや癖のある髪を握り締める。その、髪の塊・・・もとい一騎の頭は、今、総士の足の間に埋められていた。先ほどの強い波は、その唇が、総士の一番敏感なところを強く吸い上げたからに他ならない。そして、一騎はそんな総士の様子にくすりと笑みを零したようだった。
「何・・・っ、笑って・・・っ」
 その笑みが癪に障って、腹の底から文句を搾り出す。一騎はまたひとつ笑みを浮かべると、口に含んでいるモノの根元をぎゅっと掴んだ後、そっと下から上へと舐め上げたあと、唇を離した。総士と会話をするために。
「嬉しいから」
「・・・あ、何・・・っ」
「総士が、こうやって俺を受け入れてくれるから。こうやって・・・俺の傍にいてくれるから。お前がここにいることが、凄く嬉しいんだ。」
 優しい笑顔、優しい言葉。それに、ちょっとした・・・総士にとっては実に苦しいいたずらを仕掛けながら、一騎はいつもよりも饒舌に話す。こうやって、体を重ねるとき、一騎は饒舌になる。そんなことを知ったのも、つい最近のこと。体どころか、言葉の接触すら殆ど無かった二人のこと、知る機会があるはずもなかったが。
総士にとって、この言葉はひどく嬉しく心暖かくする言葉であった。しかし、喜びを感じるよりも、今はその余裕のある態度の方が気になってしまう。自分にはこんなに余裕が無く・・・恥ずかしすぎるほどに自身をさらけ出してしまっているのに、一騎は総士にこんな言葉を投げかけることが出来るのだ。そして、それは、衣類の身につけている一騎と、殆ど丸裸の自分とを象徴しているようにも思えて。
「・・・そんなこと・・・っ」
 つい、そんな言葉を投げかけてしまう。
そんなことすらきっと一騎にはお見通しなのだろう。そっと身を乗り出し、総士の頬にちゅっと音を立ててキスをすると、また、足の間に頭を戻す。もう自身が零したものと一騎の唾液でそこはいやらしい光を放っていた。それを躊躇い無く一騎は口に含む。その柔らかく暖かいものに包まれて、総士は言いようのない痺れをまた身体全体で感じる。小刻みに身体が震えるのが自分でもわかった。
「あ・・・っ、かずッ・・・も、はなせ・・・っ」
「ん?限界か?」
わかっているだろうに、一騎はそんなことを言う。しかも、一旦口を離すのに、ご丁寧にも根元は押さえ込んだままだ。そうやって、限界が近いことを伝えることもやっと――さらにもれなく羞恥というおまけがついてくる――なのに、それをはっきりと口に出すことを強要してくる。答えるのは癪だし恥ずかしい。けれど、そうしない限り、一騎がそれを許してくれるとも思えなかった。それは過去数回にわたる経験上、わかっていることである。何も言わずに達することが出来たのは、最初と、その次の行為のときのみだ。後は、一騎も段々と要領を覚えていったのか、こちらの思うとおりには行かなくなってしまった。流石は・・・天才症候群といったところだろうか。どうやら余計なところまで良く出来ているようである。
 そんなことを・・・そんなことを普段の冷静な総士なら考えることが出来たのかもしれない。けれど、状況が状況である。唇を噛み締め、最後の抵抗を試みる。
「は、なせ・・・っ!」
 掴んだままの髪を思い切り引っ張った。
「痛っ、わかったから・・・っ」
どうやらそれは効いたらしい。一騎は眉を盛大に顰めて総士を軽く睨むと、また、その小さく震えている総士自身を口に含み。手を離すと、先端部分を強く吸い上げた。
「あ、ああああああ・・・・・・っ!」
 強すぎる快感に、目の前が真っ白に染まるのを感じながら思い切り声を張り上げる。この声をいつも抑えることが出来ない。肺の中の空気を全て搾り出すようにして、その衝撃を訴える。
 その、総士の快楽の象徴である、白濁した液体を一騎は全て口腔で受け止めた。勢いのあるそれに咽そうになりながら、しかし、一滴も零すものか、と嚥下する。喉仏が上下し、ごくり、と音が立った。
「の、呑んだのか・・・?」
 はぁ、と荒い息を零しながら、総士は一騎に訊ねる。一騎はそれにああ、と答え、
「総士のだから・・・」
と呟いた。
 その答えに頬が熱くなるのを総士は感じる。達したことにより、急速に醒めていった身体が再び熱を取り戻した。
 また頭をもたげてきた総士自身を一騎は優しく手のひらで包み込む。それだけで、総士の身体はびくりと反応する。
「んあぅっ」
「これだけで感じるのか?」
「五月蝿いっ」
「総士・・・」
その、総士の強がりに一騎は苦笑を零すと、総士の膝下と背中に腕を通す。そして、よっと小さく声をかけると軽々と総士を抱きかかえてしまう。
「な、何ッ?」
「ベッドに行くだけだから。」
 そのままソファから、ベッドへ移動させられる。まるで壊れ物を扱うように優しく、そっと下ろされた。総士に覆いかぶさるようにして、一騎もベッドの上に上がる。シングルのベッドが二人も乗せられない、と小さく文句を言うのが聞こえた。
「ん・・・っ」
目が合ったと思うと、唇を塞がれる。先ほどとは逆の立場になりながら、総士はそのキスを受け入れる。
キスをしながら、総士は間近に迫る一騎のブラウンの瞳を見つめる。ファフナーに乗ると、真っ赤に染まる、その瞳を。    
この穏やかなブラウンが赤く染まり、そして、虚ろを映すようになるのは一体どれくらい後のことになるのだろう。
そしてそれは・・・――なのだろうか。
 目を閉じて、一騎の舌に思い切り自分の舌を差し入れることで、思考を振り払う。

 自分が一瞬考えたことが、この上も無く卑怯なことのように感じた。

ちゅっ、と濡れた音を立てて、唇が離れる。そっと総士は目を開ける。その名残を惜しむかのように唾液が糸を引き、蛍光灯の明かりを反射してつやりと光った。それを見た後、一騎とまた瞳を合わせる。そのまま・・・そのまましばし何もせずに見詰め合う。ふつりと糸が切れた。
「総士・・・」
「何だ?」
「・・・いや、何でもない・・・」
 何か言いたげに唇を開き・・・何でもない、と頭を一騎はゆるく頭を振る。
 もしかしたら、一騎はわかっているのかもしれない。総士が抱いている、この、気持ちを。
 「一騎・・・」
 そっと総士は一騎の背を抱き、先を促す。
 わかっているのなら、それもいい。
抵抗していた全ての動作を、誘うような動きへと変えて、一騎を煽った。

       *

ちゅくちゅくと濡れた音が室内に響き、一騎は、少し恥ずかしさを感じる。
別に、自分がされているわけではない。というより、自分がそれをそうさせているのに・・・少し、恥ずかしい。それは、相手が総士だからだろうか。あんなに総士が自分を求めていたのに気付かず、嫌われてるのだと拒絶して。でも、彼の本質を見て、彼の傍に来て。こうして散々傷つけたのにもかかわらず、自分は彼をまた苛む立場にいることが、なんというかバツが悪いのかも知れず、それがそんな恥ずかしさを生んでいるのかもしれない。
「んぁっ・・・んっ、かず・・・っ」
 苦しんでいるような、しかし、そこに隠し切れない艶を纏った声で名を呼ばれる。それだけで自分の中心が熱を帯びるんを感じながら、一騎は総士に声をかける。行為をやめることは無い。彼の熱いくらいの体内に指を差し入れ、狭い入り口をほぐしていく。
「我慢して・・・後で辛くなるから。」
「わかってる・・・っ、あ、わッ・・・わかってっ、る・・・んっ、だが・・・っあっ、あ・・・」
幼馴染がこんな風に喘ぐ姿を見ることになるなんて、一体誰が想像できただろう。けれど、それは現実としてそこにあって。外に出ても焼けない白い肌が目に眩しかった。
「ひゃあぅっ」
 一層高い声が上がり、ベッドに伏せていた身体がしなやかに反る。
「ここ・・・いいのか?」
 先ほど高い声が上がったところをもう一度指先で擦ると、
「か、ぅ・・・っ」
と、声にならない悲鳴を上げて快感を訴えかけてきた。
「・・・もう少し、な」
 さらにその場所に、中指、薬指、と本数を増やしてかき混ぜるようにしてそこをほぐしてゆく。その度に高い声が上がり、シーツを握り締める手が強い力で白くなる。
 指が中を自在に動き回れるようになったところで、ゆっくりと指を抜いていく。それを察した総士の身体が、逃がさない、というように閉まって、それがなんともいえない感覚を指先に残した。
「あふぅ・・・」
 全ての指を抜き去ると、切なげな声を零した。それと同時にシーツを握っていた手からも力が抜けていくのが目に見えてわかる。そのズルズルと引き摺られるシーツに妙に赤いものが残り、白を強調させた。
「総士・・・血・・・」
 少し驚いて、声をかける。すると、総士は快感の残る虚ろな瞳で手のひらを眺め、猫のように傷口を舐めた。
「大丈・・・夫、か?」
「あぁ・・・大したことはない・・・」
 それより、と総士は伏せていた身体を起こす。髪とシーツがすれてシャラリと音を立てた。
「早く・・・」
 まるで甘えるように抱きついて、先を促す。背中にぬるりとしたものが這うのを一騎は感じる。
 暖かな総士の血。
彼が生きていることの何よりも明確な証。少し恐ろしく、そして同時にとても愛しさを感じさせるもの。
 背に回された腕を掴み、目の前に持ってこさせると、傷の部分がよく見える。その手のひらをぺろりと舐めた。
「ぁ・・・」
 その感覚にすら感じるのだろうか、総士は小さく鳴き、残った腕でさらに強く抱きついてくる。
 それに今度こそ一騎は応え、その細い腰を掴むと、すでに張り詰めている自分の欲望の上にそっと下ろす。狭い彼の一口に一騎がそっと触れると、一瞬躊躇うように総士の身体が震えるのを感じた。
「いいか・・・?」
 総士が小さく頷く。それを見て、一騎は一気に総士の腰を落とした。
「あああああああっ!」
吼えるような叫び。快感と苦痛、それが彼にそうするように促す。身体が動く度に、ぬちゃり、と小さな音が響いた。
「あ、く・・・っ、総、もう少し・・・力・・・抜いて・・・」
 一方、一騎も狭い体内に苦戦する。元々こういうものを受け入れるために作られたのではないその器官は、一騎を拒絶する方向へ動く。それを総士自身がどんなに望んでいても、だ。本能的に動くものは仕方がない。総士自身がその本能を無視し、それ以上に一騎を受け入れようとしない限り、この行為は最後まで成立しない・・・それが、行動の意味の全てだった。
「あ、はぅ・・・」
総士はそれを実行すべく、息を吐き出す。深呼吸することによって、筋肉を弛緩させる。少し、締め付けが緩むのを一騎は感じた。

 この時間が、一番安心する時間だと、好きな時間だと言ったら、彼はどんな顔をするだろう。わからない。
 わからない。何を言っている、と怪訝な顔をするだろうか。それとも、笑って受け入れてくれるのだろうか。
ただ・・・彼が、自分を受け入れようとしてくれている、その表情が、彼の努力が、何か、こう、幸せな気持ちがするのだ。彼に受け入れられるという、そんな安心感。
一騎にとって、かけがえのない時間のひとつ。このまま時間が止まってしまえばいいのに――そんなことを、ちらりと思った。

 何度も総士は浅い息を、――けれど少しずつ深みを増しながら――吐き出す。そして、しばらく時間が経つと、一騎はやや自由に動けるようになたことに気付いた。
「総士・・・」
「ん、一騎、ああっ」
総士の声を聞くやいなや、一騎は律動を開始した。その動きに、総士の萎えかけていたものが、再び天井を向く。何度かの経験、それだけで総士の弱いところを確実に一騎はついてくる。そして、総士もその与えられる快楽に従順するように身体が反応するようになった。そうして、二人はこの快楽に没頭する。
「あ・・・ッ、一騎・・・っ、あ、あっ、そこ・・・あっ」
「総士・・・ここ、か」
「あ・・・っ、そこ、あうっ、はぁんっ」
 先ほど指先で引っかいたところを、今度は一騎自身で突いてやる。すると、頭を抱く腕に強く力が込められる。ぎゅっと抱かれると、血液が混ざってお互いの血管を流れていっているような気になった。それでも、動きは止めない。一層の激しさをもって、彼の身体を揺さぶった。

「あ・・・あ、かずっ、きっ」
「な、に?」
「お前・・・、ず、と・・・」
「ん」
「ずっと・・・一緒に、あぁっ」
「うん」
「一緒、にっ」
「ああ、一緒にいる・・・約束、する・・・」
「あ、あ、ああああっ!」
 一際大きい、悲鳴のような嬌声が上がり、総士が限界を告げた。それと同時にぎゅ・・・と一騎は締め付けられるのを感じる。その刺激に、一騎もまた、自らを解放した。
 強い快感とともに、目の前が真っ白に染まった。

          *

「総士。」
 彼女は、そう、兄に語りかける。『お兄ちゃん』とは呼ばない。それが、乙姫のスタイル。
「・・・乙姫?」
 その声に応じて、総士が振り返る。長く色素の薄い髪が翻った。そんな彼に、乙姫は微笑み、問いかけた。
「・・・総士は、今、幸せ?」
「そうだな・・・」
 目を閉じて、総士はそっと考え込む。その様子を乙姫は観察する。彼の様子、その表面ではない。他人には見えない、その内なる心の様子、そのものを。
総士はしばらく色々と考えていたようだったが、ふと目を上げて、真っ直ぐにこちらを見た。
「・・・幸せ、なのかもしれないな。」
「そう。」
「そうだ。」
 その答えそのものは曖昧だ。けれど、その瞳を見れば、自ずと彼がどう思っているかはわかる。乙姫とて、万能ではない。彼の考えていること全てが理解できるわけではないのだ。
だが、今回はそれで十分だった。
「ならよかった。」
 くすり、と笑う。誰もが幸せであって欲しいと、そう願う。それが身内であれば、さらにその幸せを強く願うことは当然のことだ。それは彼女とて例外ではない。
「じゃ、僕はまだやることがあるから、これで。」
「うん、いってらっしゃい。」
 くるりと背を向けると、きびきびとした動作で彼はその場を後にした。
 その背を見送り、乙姫は誰かに語りかけるように、唇を動かす。
「総士は、今、幸せだよ。周りからどう見えても、総士自身がそれを理解できていなくても。どんなに不安を抱えてても、大丈夫、それも含めて、そう思えること全てが幸せだと知っているから。」
ね、と、乙姫は振り返る。
「ね、総士は、一騎と一緒にいられることが何よりの幸せなんだよ。」
「・・・ああ」
 そっと、曲がり角、その裏から一騎は出てくる。そして、先ほど総士が去って行った長い廊下の先を見つめた。

           *

この、限られた時間を一緒に過ごすことを、人は無駄だと笑うだろうか。
 ならば、僕は、その哂いも甘んじて受け入れよう。

だから、今だけは。
この時間を許してください。




2005.01.30.発行(コピー誌)
2011.01.12.







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