※女体化話につき閲覧注意。

 


それは薄々感じていた。
人よりも華奢な身体。甘い声。
だが、あえて無視をしていた。
『彼』がその姿を曝さぬ限り、自分はその立場に甘んじていようと。
しかし、曝されたときは――と決めていた。いや、決めていたのではなく、きっと止められないと思ったのだ。それは予感などというではなく、もっと強いもの。
自分自身をも戦慄させるほどの強い感情だったから。
それと同時に安心してもいたのだ。
『彼』の完璧さを誰よりも近くで知っていた。
それでも、いつかは破綻するものだ。完全に完璧な人間など存在し得ない。
そう、最初に気づくべきだったのだ。
自分が無視をしなければならないほどに隠し切れなかった『彼』。それが『彼』が何よりも完璧ではない標ではなかったか…?
そして、破綻の瞬間はやってくる。どうしようもないほど残酷に。

厚く巻いた包帯が、生気を吸い上げて赤く染まる――

 

ザ…っ。
目の前が紅く染まる。
一瞬の出来事だった。わけがわからない。いや、わかっている。
これは『彼』の血。『彼』。目の前に立つ体が大きく傾いだ。その後を追うように赤が続く。
何で血が流れているのだ。何故、『彼』は戦わずに地に伏している?
状況が把握できないほどに混乱する。どうしようもない程に全身が沸騰する。
それと同時に一部分が急速に温度を下げるのを感じた。
その後のことは全てがスクリーンを通してみているような感覚だった。余りにも現実味がなくて。
そして、気がついたとき、自分がどこに居るのか一瞬わからなかった。
服が濡れていて、重い。雨が降ったのだろうか、と考える。しかしそれが海のような臭い――濃い生命の臭いを放っていることに気がつき愕然とした。
コレは、血液だ。
それが全身を濡らしている。
自分の血ではないようだ。全身が痛みを訴えてはいるものの、そこまで重症は負っていない。
では、一体?
思い返そうとするにもよくわからない。靄がかかったように記憶が曖昧だ。それをどうにかして整理したところで、真っ赤な飛沫を思い出した。
これは…、この飛沫を上げて倒れたのは。
はっと辺りを見回して、そこが医療班の集まるテントだということを今更理解する。ということは、自分は『彼』をここに連れて着たのだろうか。
『彼』はどうなった?
近くに『彼』の姿は見当たらなかった。周りではせわしなく怪我人の間を医療兵が駆けている。
その中の一人が、こちらに気づいたのか小走りで近寄ってくる。
「あっあの…っ」
「『彼』はどうなった!」
呼びかけようと口を開いた少年は、こちらの剣幕に気圧されて立ちすくむ。そんな少年を気遣う余裕もなく『彼』の居場所を問うと、少年は少し離れた場所にあるテントを指差した。萎縮してしまったのかぱくぱくと口を動かすばかりで話が出来ない少年を振り返ることもなく、足はすでにテントへと向かっていた。

テントの入り口をめくりあげると、むっと臭気が鼻を刺す。
生と、死の臭い。
外も怪我人がごった返し、黄泉への近さを感じさせたが…ここはさらに酷い。一歩踏み出せばそこはもう現世ではない。そういう逼迫したものが充満していて、息をするのも苦しいほどだ。
そんなところに運ばれたのか。『彼』は。
あえてその先を考えないようにして、ゆっくりと辺りを見回す。その中に見知った色を見つけて駆け寄った。
果たして『彼』は…無事、だった。
薬でも打たれたのだろうか、その顔は想像とは違い、安らかだった。肩まで毛布がかかって怪我が隠され、眠っているだけのようにも見える。逆にそのことが自分の背筋をぞっとさせたが。胸が呼吸にあわせて上下していなければ――。
なにも言えずただ傍に立ち尽くしていると、看護兵が声を掛けてきた。
「酷い怪我でしたが、何とか一命を取り留めました。今は薬で眠らせてありますが、夜には目を覚ますと思います。ですが暫くの間は安静が必要になるかと。とにかく失血が酷かったので…」
まだ歳若いようだったが、紡がれる言葉には慣れを感じさせた。看護兵として早くから登用されていたのか――はたまた激しい戦で慣れてしまったのか。ベッドに横たわる『彼』に向ける表情には気遣いと疲れが濃く浮かんでいる。
「それにしてもこのような方まで戦場に出向かれるなんて…この方はじょ…っ!?」
彼が何を続けようとしたのかわかって、『彼』を抱き上げることで話を中断させた。それと同時に、『彼』の身分に気付かれなかったことに密かに安堵する。どうやらそこまで軍部事情に詳しくないらしい。
「まだ動かしては危険です!どこへ連れてゆくつもりなのですか!?」
「…今日の夜営地。大丈夫、こっちよりも安全なとこだから」
ね、と笑いかけて出口へと足を向ける。後ろではまだ看護兵が必死になって呼び止めていたが、無視をした。

*

そ…、と壊れ物を扱うようにしてベッドに寝かせる。壊れ物…比喩表現ではなく、現実としてそこにある。
濃い血の臭気がそれを証明していた。ただ、もしかしたらそれは自分の制服の臭いかもしれない、とも思う。黒くて見た目よくわからないが、身体に染み込む不快感がそう考えさせる。実際、『彼』をくるんでいる毛布は内側からではなく外側からの接触で赤黒くなっていた。
ふ、と軽く息を吐いて上着をゆっくりと脱ぐと、内側の白かったシャツがところどころワイン色に変わっている。それも脱ぎ捨てると鞄から出した真白いシャツを羽織った。足元に落ちた、暫くすれば糊をかけたようにぱりぱりとするに違いないシャツに嘆息する。洗濯したところで着れるようになるかは微妙なところだった。…再び着ないという保障はどこにもないが。
二人に用意されているテントは小さいものだが、二人だけでいるのには十分な空間がある。人払いを済ませてあるので外からの喧騒は聞こえてくるものの、それも遠くの出来事のようだった。遠くの出来事――そうであればよかったのに、と嘆息を漏らしたくなったがそれはぐっと飲み込んだ。
全ては一つ、繋がっている。だから、この喧騒も、この現実も一本の線の上にある。この現実を否定することは昔も否定することに他ならない。手放せない過去があるのなら、今を受け入れなければならない。
簡易ベッドの傍まで椅子を引き寄せて、後ろ前逆に腰をかけた。組んだ腕を背もたれに乗せることで上半身の重みを椅子に預ける。小さい子供の様な座り方だったが、この座り方、案外楽で気に入っていた。
そうしながら、ベッドに横たわる『彼』を見る。
つくづく白い、と思う。日に焼けない肌は真白く、緩やかに波を打つ髪も銀、閉じた瞼を縁取る睫毛も綺麗な弧を描く眉も銀。ただ唇だけが桃色で、雪の中で咲く花のようだ。毛布に染みた紅が異常に映えて見えるのもそのせいだろう。
白い人。
白は同時に清らかさ、正しさを表す色でもある。穢れなき人。
「穢れなき…ねぇ…」
誰にともなく呟く。心は確かに誰よりも穢れない。心、だけは。だが身体は――

「それは、皮肉か?」

桃色の唇が小さく動く。突然の声に、思わず硬直する。白い瞼がすっと開き、鮮やかな菫色の瞳がこちらを刺した。
空気が一瞬にして変わる。鮮やかな瞳が、周りの空気まで鮮やかに魅了する。そして、その鮮やかさに圧迫される自分を自覚した。先ほどまで重症を負って寝ていたとは思えないほどの威圧感。いや、未だに『彼』は横たわったままだ。それなのに感じるこの圧迫は何なのだろうか。
カリスマ。
『彼』を目の前にして、改めてその言葉を思い知らされる。この鮮やかさに惹かれて自分はついてきたのだ、と思う。
「…気分はどう?」
先ほどの質問を無視して、質問を返す。そういう自分はずるいのだろう。それに関して、『彼』は追及してこなかった。低い声で返答をよこす。
「最悪だ。…あれからどのくらい時間が経った?」
「まだ日も落ちてないよ。そんなに時間は経ってない。後のこともあいつらに任せておいたからそれほど支障はないと思うけど。今日はアレが大詰めだったし、それに関しては突破したとさっき報告が入った」




続かない。

フォルダから発掘したので勿体無い精神でup。


※↑の話に含まれる予定であったらしい断片

 

「こんな石女を抱いて何になる?――私の身体を何人通り過ぎたと思っているんだ?」

包帯の、その薄紅に染まった部分を選んで強く握る。傷口が開いたのか、薄紅がだんだんと深紅へと染まってゆく。

「優しく抱いてあげるよ。…イヤと言うほど。最もイヤって言ったくらいじゃ離してあげないけど」
「男でも女でもない私に何を求めている」
「愛してる…愛してるんだよアヤたん。」
戦場は何かを失わせる。彼女は狂気を、自分は理性を失ったのだろう。

 





 

薬と堕胎を繰り返し、女としての機能を失い…っ、しかし男にもなりきれない!じゃあ私は…っ私は一体何なん…っ

 

 

 







 

「既成事実だと…?」
彼は――いや、彼女はその言葉に瞠目して、しばし動きを止めた。余りにも唐突な言葉だったに違いない。少なくとも、彼女にとっては。
そして、この場所にとっては余りに相応しくなく、同時に余りにも似つかわし過ぎる言葉だった。
殺戮と、陵辱。
血と悲鳴が絶えず繰り返される、ここに。
ここでは必ず何かが失われる。失われて始めて正常に立てる場所。それは理性と呼ばれるものであるかもしれないし、恐怖というものかもしれない。人によっては悲しみであるかもしれないし、怒りであるかもしれない。
「既成事実?子を成すと?は…っ、それは新たな冗談か?」
目の前の人物は狂気をちらつかせながら、吐き捨てるように笑った。
狂気――だが、理性の光がそれを押さえている。それが尚一層壮絶な表情を彼女に強いていることなど、本人は知る由もないだろう。
いっそのこと、狂ってしまえば楽なのかもしれない。
しかし、狂わなかった。いや、狂えなかった。彼女自身がそれを許さないから。

 
 
 
 
 

2009.12.06.

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