深夜に聞こえる話し声に少年は目が覚めた。
彼は養父と二人で暮らしていたから、普通に考えれば養父は一人でいるはず。しかし耳に入ってきたのは確かに二人分の声だった。一つは長年の喫煙と歳のせいで嗄れたもの、もう一つは彼よりも十程上だと思われる――声変わりが終わるか終わらないかの――少年の声だった。前者は聞き慣れた養父のもの、後者は初めて聞く音だ。
養父に深夜の来客は珍しくなかったから、再び眠りについても良かったのだが、何故かその時は声の主が気になって仕方なくなってしまったのだ。深夜出歩くのには相応しくない年齢のようだったからだろうか。
幼い子どもにとって好奇心は何より身体を支配する。彼もまた例外ではなく、つき動かされる衝動のまま寝台を飛び降りた。


多分、僕はあの時から彼に夢中だったのだ






DOLL

ep. 2






「ああ、有り難う。荷物はそこに置いてくれないか」
自分の手荷物を片付けながら、そう後ろに立つ少年に声を掛ける。彼はその言葉に小さく頷くと、手に抱えていた紙袋を小さな卓の上に置いた。紙袋の中はいっぱいまで食料品が詰まっている。その中の一つ、丸いオレンジが食卓に置いた衝撃で転がり落ちた。
彼はそれが転がるのを見送ってから、少し時間をおいて拾いあげる。手の中のオレンジは鮮やかな橙色をしていた。
無表情にオレンジを見詰めている少年を見て、青年は相変わらず何を考えているかわからない、と心のなかで呟いた。だが少年がそうすることによって色々な事を学んでいることを知っているから特に口には出さない。
少年は暫しそうしていたが、やがて満足したのかオレンジを卓に戻した。それから青年の方へ瞳を向ける。窓から差し込む光がガラス玉の奥、金の虹彩を光らせた。
「さっきから何を見ている?」
低い、声。別に音が低いわけではない。落ち着いた調子がそう思わせるだけで、その表情でなければ少年独特の甘さが端々に残っている事に気付くはずだ。
青年はこの声が好きだった。だから直ぐには答えず、余韻を楽しんでから口を開く。
「ああ、君が動いてるな、と思って」
「そうか」
微妙に答えはずれていたが、少年は特に何も言わなかった。それきり押し黙ってただ卓の上を見ている。
彼との会話は長く続かない。語彙も表現力もコミュニケーション能力も低ければそれも致し方のないことだろう。そうわかっていても残念に思わずにはいられなかった。
彼の視線を引きつけている紙袋をかっさらうように抱えると、中身を片付けていく。
それを少年は黙って見続けていた。が、ふと何かに気付いた様に隣りの部屋へと移動する。陽が直接当たらないようにと工夫された窓のせいで部屋は薄暗い。
「…覇王?」
小さく青年は入口から声を掛ける。覇王、と呼ばれた少年はちらりと青年の方を見たが、また視線を部屋に戻す。どうやら何かを探しているようだ。彼が自ら何を探しているのかを話すことはなさそうだと判断すると、片付けを諦めて青年も中へと入った。中は少しばかり変わった匂いがしている。塗料と、木と、革の匂い。
そこは彼の職場だった。壁に備え付けられた棚には所狭しと彼の商品が並べられている。商品と呼ぶには相応しくないかもしれない。彼の作品と呼ぶべきであろうそれは、大小様々な人形だった。その人形に囲まれて、少年は何かを探している。
やがて少年は目的のものを見つけたようだった。通りに面した窓際に駆け寄る。
一体何を見つけたのか。青年はそっと少年に近付いた。
少年は窓枠を何度も何度も撫でていた。まるで恋人の頭を撫でる様に。
表現は相変わらずの無表情だったが、どことなく瞳が優しげで、それが彼にとってとても大切なのだろうことが窺える。
ただ、青年には少年にとって、その窓枠がどのような意味を持つのか見当も付かなかった。窓の外を見ても、別段変わりはない。いつもの昼下がりの光景が広がっているだけだ。
少年は青年がかなり近付いてもその行為をやめようとはしなかった。青年などそこにいないかの様にただ窓枠を愛しげに撫でている。
それは青年を妙に苛立たせた。撫で続ける腕ごと少年を後ろから抱き締める。
「…ユベル…?」
そこで初めて青年がいることに気が付いた様に、少年は彼の名を呼ぶ。
そこに悪意も反省の色もなく、純粋な疑問だけがあることにユベルは落胆した。それは、少年にとってユベルが特別ではない印だからに他ならない。わかっていても、期待してしまうこともある。返事の代わりにさらに強く抱き締めると、少年はそれ以上何も言おうとはせず、また窓枠に指を滑らせる。
「――」
青年は気付かなかった。少年の唇が何かを小さく呟いたことに。
ただ、腕のなかの肢体に自分の体温を吸い取られるのを感じていた。





2008.07.21.






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